原点は、焼き鳥の大吉にありました
私の焼鳥の原点は、
高級店でも、名店でもなく――
**「焼き鳥の大吉」**にありました。
いま思えば、
あの店に出会っていなければ、
私は“鶏仙人”と呼ばれるような焼き師にはなっていなかったと思います。
当時の私は、
焼鳥というものを
「安くてうまい居酒屋の定番」
くらいにしか考えていませんでした。
ところが、大吉の焼き鳥は違った。
煙の中で、
ただ串を焼いているだけなのに、
なぜか“旨さ”が刺さる。
特別な鶏でもない。
派手な演出もない。
それなのに――
なぜ、こんなにも心に残るのか。
この「なぜ」が、
私の焼鳥人生のすべての始まりでした。
そこから私は、
ただ“焼き方”を覚えるのではなく、
**「なぜ旨くなるのか」**を考えるようになった。
・なぜこの火加減なのか
・なぜこの塩の振り方なのか
・なぜこの間で裏返すのか
それは、技術の習得というより、
“問い続ける癖”を身につけた瞬間だったと思います。
大吉で学んだのは、
レシピでも
派手な技でもなく――
「焼鳥は、鶏と火と、人との対話である」
という感覚でした。
焼鳥は、
ただ焼けばいい料理ではない。
火と向き合い、
鶏と向き合い、
そして、食べる人の時間と向き合う料理なんだと。
この感覚が、
のちに「鶏割烹まことや」を生み、
“鶏仙人”と呼ばれる生き方へと
私を導いていくことになります。
すべての始まりは、
焼き鳥の大吉にありました。
派手じゃない。
でも、魂が宿る焼き鳥。
あの日の一串がなければ、
今の私は存在しません。