2026/1/25

第1話の追補

私が焼鳥に“生き方”を見た日

焼き鳥の大吉は、
決して大きな店ではありませんでした。

むしろ、
**「小さな店」**でした。

カウンターだけの、
決して広くはない空間で、
店主がたった一人で、黙々と焼いている。

その姿が、
なぜか、やけに心に残ったのです。

忙しそうなのに、
雑にならない。
急いでいるのに、
慌てない。

一本一本、
まるで“話しかけるように”
鶏と向き合っているように見えました。

派手なパフォーマンスもない。
説明もない。
ただ、焼いているだけなのに――
なぜか「生き方」を見せられている気がした。

そして、
ときどき奥さんが手伝いに来る。

言葉少なに、
必要なことだけを
さっと差し出して、
また、ふっと引っ込む。

そのやりとりに、
無駄がなくて、
でも、あたたかい。

「商売」じゃなくて、
**“暮らしとしての焼鳥”**を
私は、そこで初めて見た気がします。

焼鳥は、
技術や味だけじゃなく、
人の生き方が滲み出る料理なんだ。

そう、思わされた瞬間でした。

だから私は、
ただ焼鳥を“うまくなりたい”のではなく、
**“焼鳥でどう生きるか”**を考えるようになった。

小さな店で、
一人で焼く背中と、
そっと寄り添う奥さんの姿。

あの風景がなければ、
私は今のような
「鶏割烹まことや」も、
「鶏仙人」と呼ばれる生き方も
選んでいなかったと思います。

焼鳥は、
人生を映す鏡。

私は、
あの小さな店で、
それを教わりました。