2026/2/12

デザインの会社から焼き鳥屋に転職

― 26歳、デザイン会社を辞めて炭の前に立った日 ―

26歳のとき、私はデザイン会社で働いていました。

毎日毎日、デザイナーが作るレイアウトを

コンピューターで書く仕事をしていました

周りから見れば、順調だったと思います。
安定もあり、将来も見えていたし

子供もいました。

でも――

心が、燃えていなかった。


焼き鳥の大吉で食べた焼き鳥。

炭の香り。
脂の弾ける音。
職人の無言の背中。

その一本に、理屈を超えた衝撃を受けました。

「これや」

頭ではなく、腹が反応した瞬間でした。


安定を捨てる決断は怖かった。

周りは言いました。

「もったいない」
「なぜ焼き鳥?」
「将来どうするの?」

正直、自分でも分かりませんでした。

でも、
ここでやらないと一生後悔すると思った。

26歳。
デザイン会社を辞め、焼き鳥屋の門を叩きました。


炭は熱い。
煙は目に染みる。
このころ、店長は僕よりも20歳くらい上の人で

和食の職人さんやった。

そこで、こだわりの和食も教わりました。

そんな時に、その人に「焼き鳥はどうやれば美味しく焼けますか?」

と聞きました。

そうすると「焼き鳥、料理は愛情です!」

「心で焼きなさい」と言われました。

今も、その言葉が心に響いています。


デザインは“目で見る世界”。

焼き鳥は“五感で感じる世界”。

気づけば私は、
「焼き鳥のアーティスト」になっていました。

串の長さ。
焼きの間。
提供の順番。
余韻。

全部、設計できる。

そうか。
自分は遠回りしてなかったんやな。

デザイン会社の26歳が、
今の鶏仙人を作っている。


あの時、安定を選んでいたら――

今の私はいない。

26歳で炭の前に立ったあの日が、
すべての始まり。

その後、チェーンのFCの焼き鳥店に行きました。

FC店で11年間勤めて40歳で独立しようとしましたが……